子育て中の娘を見ていて
自分のときのことをなんとなく思い返していました。
出産の時、
私が陣痛でそろそろ産まれそうなつらい時に来たのだけど
痛みに耐えている私の顔を見て、
「うわっ」と言い、痛そうな顔をして出て行ったあいつ。
そんなやつでした。
産後1ケ月ほどで実家からモラ家に戻るときは
迎え入れの準備はモラ男も元義父母も
してくれず、掃除に行きました。
おっぱいが張って帰りたいのに終わらず
一日がかり。
モラ家のお隣に同じ年に赤ちゃんが
産まれていましたが、お隣のおばちゃんが
一生懸命掃除したり準備しているのを見て
悲しい気持ちになったことを忘れません。
ある日窓を拭くおばちゃんを見たとき
「あの子たちが帰ってくるのよ
きれいにしてあげないと」と言っていたので。
茶の間は6畳、そこでモラ男も元義父母も
たばこを吸い、すごい空気でした。
元義父は早朝〜11時ごろと夕方から夜までの
仕事をしていて、0歳児がいながら私は
朝自分たちと元義母の朝食
10時45分に元義父の朝食
昼離乳食
午後3時45分に元義父の夕食
夜自分たちと元義母の夕食
と一日中ご飯を作っていました。
元義父母もモラ男もそれを当たり前だと
思っていたところが腹立たしいところでした。
「いつもありがとう」と「助かるよ」と
一言でいいんですよ、
一言言ってくれたら気持ちが違います。
気は心だから と
元義母がよく言っていたけど
あれはなんだったの?
他人に物でお礼するようなときのこと
だけだった気がします。
いつも悲しかった。
つわりやおなかが張ってつらいときも
誰も労わってもくれず、
夕食の準備をしながらキッチンでしゃがみこんで泣いていました。
茶の間からは、テレビをみて大笑いする
モラ男と元義母の声が聞こえ
悲しいやら情けないやら。
ハイハイしだした頃、休みの日の夕方
モラ男が茶の間で寝ていて
息子がモラ男の脚によじ登ろうとしたとき
「邪魔だ」という感じで蹴飛ばしたときは
呆れました。
さすがに私は怒りましたが
ふん!って感じ、寝ていて起きません。
日曜の夕方、夕食の用意をしていて
子供が泣いたりして大変なとき、
ちょっと外につれて出てくれたら助かるのに
一度もなかったですね。
自分の機嫌のいいときだけ子供の相手をする
そんな感じでした。
赤ちゃんのときは全く何もしてくれなかったな〜
ここから先は最近書いたような気がします。
元義父は、私が二人目を妊娠中に病に倒れ
入院しました。
その頃、病院は付き添いが必要で
元義母が付き添っていましたが
なかなかの気ままな元義母は
病院の食堂は飽きた、
売店は食べるものがないと駄々を捏ね
ケンタッキーやマックなどを届けたり
妊婦だった私は息子をおんぶしお弁当を作り
届けたり、
夕方は義母を迎えに行き
家でご飯を食べたり外食したり
銭湯に行ったり家でお風呂に入ったりし
再び病院へ送るという毎日でした。
あの時だけは自分が可愛そうになりました。
その挙句、私は切迫早産で入院でしたよ。
たまに見舞いに来たモラ男と元義母の
哀れな顔は今でも忘れない。
息子は実家に預かってもらい
さみしい思いをさせたけど
私の入院生活は天国でした。
楽しかったんです。
同室の人と話したり、たまたま友人が入院していたり。
もう、どうでもいいことだけど
娘たちを見ていてふと思い出しました。
忘れてしまいたいけど、忘れることも腹立たしい。
なかったことにはできない。
娘は幸せそうでよかったです。
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